雨の日に聴きたい/視覚と聴覚に魅せる -芸術的なミュージックPV-

雨の日に聴きたい/視覚と聴覚に魅せる -芸術的なミュージックPV-

こんにちは。

梅雨に入り、雨が多い季節となりましたね。

雨の日って、家にいることもさらに多くなり、憂鬱な気分になるかったも多いはず。

そんな雨の日に聴いてほしいナンバーについて、まとめてみました。

ヨルシカ/雨にカプチーノ

ヨルシカの2ndフルアルバム『エルマ』収録。

『エルマ』は、1stアルバム『だから僕は音楽をやめた』と同じく、物語を軸に創られたコンセプトアルバム。

今作は、1stアルバムにて、音楽をやめることとなった主人公青年エイミー。そのエイミーから送られてきた手紙に影響を受けた少女“エルマ”が曲を手掛け、エイミーと同じ道を辿るというストーリーとなっています

その中で、一際美しさを感じたのが『雨とカプチーノ』

少女エルマのエイミーに対する複雑な心境、「切なさ」「悩み」「決意」映像と音と詩で魅せる表現力は圧巻。

様々な考察がネット上に散見されますが、「エルマ」と「エイミー」の物語として鑑賞するのも一興、自分事として共感しながら鑑賞するのも一興です。

イラスト担当:まごつき氏 Twitterより引用

左が1stアルバム収録『だから僕は音楽をやめた』、右が『雨とカプチーノ』に登場するエルマ。

ヨルシカとは

ボカロPとしても活動するn-bunaと繊細な歌声が魅力のsuisによる男女2人のロックバンド。ボーカロイドとは違った人間的な表現を形にするためにできたグループであり、n-buna自身は「ヨルシカはバンドとは正確には少しイメージが違う」とした上で、ヨルシカ自体も一つの作品であると語っています。制作されるナンバーは、独創的で物語性が強く、PVも含めて視聴すると一つの物語を鑑賞した気分になりますね。ぜひ、字幕付きで鑑賞いただきたいです。

テーマは「大切な人との別れ葛藤」現実を受け入れて前に進む諦めと覚悟」

本作品は、青年エイミーと別れた後の複雑な環境を綴っていく物語。

何かしらの理由で(前作の歌詞から察するには、本当に書きたい音楽は、『エルマのための曲』であることに気づき、同時にそれができないことも悟った)音楽をやめたエイミー

目を引くアニメーション

タイトルになっている「雨」と「カプチーノ」。

アニメーションには、2つの要素が随所に散りばめられる。場面が切り替わる際には、様々な色調が混じり合い、それは水彩絵の具を混ぜたようにも、コーヒーにミルクを落としたようにも見えます

様々な要素が混じり合い、溶け合う様は、少女エルマーの心情を表していると推察できます。

人の心を表現すると、もしかしたらこんな形をしているのかもしれませんね

和歌を感じさせる切ない詩

「揺蕩う」「僕らに嵐す(あらす)「宵の雨」「流る瞼」「花を挿す」など、和を感じさせつつも、アレンジメントされた言葉はとにかく儚く、美しい

まるで言霊のように、それぞれの表現には意味が感じられます

「雨」=「悲しみ」「涙」

雨は、ネガティブな表現に使われることが多いですが、こちらもシンプルに悲しみや涙を表現していると思われます。

「カプチーノ」=「混ざり合わない複雑な心境」「蓋をする」

カプチーノは、カフェラテのように混ざらず、クリーム状のミルクでコーヒーに、蓋をする仕組みです。

混ざり合わず、でもミルクでもコーヒーでもない「どっちつかずさ」は複雑な感情を表現、

さらに、その感情や想い出に蓋をする、という2つの意味が込められていると推察します。

「花」=「美しい想い出」

さぁ揺蕩うように雨流れ
僕らに嵐す花に溺れ
君が褪せないような思い出を
どうか、どうか、どうか君が溢れないように

出典: 雨とカプチーノ/作詞:n-buna 作曲:n-buna

別れることとなった大切な人を想い、涙(雨)を流し、きれいな想いで(花)が消えないように蓋(カプチーノ)をしたい、という意味と推察します。

夏泳いだ花の白さ、宵の雨
流る夜に溺れ
誰も褪せないような花一つ
どうか、どうか、どうか胸の内側に挿して

出典: 雨とカプチーノ/作詞:n-buna 作曲:n-buna

この場面では、エルマにも笑みが見られ、楽しかった記憶を思い出しています。

さぁ揺蕩うように雨流れ
僕らに嵐す花に溺れ
君が褪せないように書く詩を
どうか、どうか、どうか今も忘れないように
また一つ夏が終わって、花一つを胸に抱いて、
流る目蓋の裏で
君が褪せないようにこの詩を
どうか、どうか君が溢れないように

出典: 雨とカプチーノ/作詞:n-buna 作曲:n-buna

最後の場面では、これまでのシーン(過去の想い出)が走馬灯のように入り乱れ、

無表情だったエルマから、一筋の涙が落ちる

過ぎ去った日々がもう戻ることはないことを受けいれるように

ペンは譜を書いた紙に変わり、蓋を閉めた瓶の中へ

そして、瓶は綺麗な水色の色調の中へ沈む

これまで顔のなかった想い人が、やっときれいな形で浮かんでくる

誰にでも大切な人がいて、失うこともあると思います。

この曲を聞きながら、大切な記憶を思いかえしてみてはいかがでしょうか。

宇多田ヒカル/花束を君に

連続テレビ小説「ととねえちゃん」主題歌

がんばっている全ての人とそれを応援する人に響く曲だと思います。

また、この曲には宇多田ヒカルの亡くなった母への想いが随所に織り交ぜられているとされています。

そういった視点で見ると特に切ない曲に感じますね。

最後の

「どんな言葉並べても 君を讃えるには 足りないから」

「今日は贈ろう」

「涙色の花束を君に」

という言葉が、愛しい人への深い想いを感じるナンバーです。

米津玄師/アイネクライネ

アイネクライネ』(Eine Kleine)は2014年に発表された米津玄師による楽曲。発表から六年以上が経過したものの、Billboard JAPANなどが発表する日本のヒットチャートに長らく名前を残し続ける、米津の代表曲の一つである。

YouTubeにおける再生回数は公開から4年間で1億回を突破。

2019年6月現在では2億回以上再生されており、米津のYouTubeチャンネル上では2番目の再生回数を記録している。

米津本人が描く多彩なイラストレーション

米津玄師が100年に一度の天才といわれる所以として、その多彩なクリエイティブ能力があります。

もともと、彼は他社と関わるのが苦手で、「すべて自分で作ってしまえばいい」という発想のもと、「作詞」「作曲」「編曲」「イラスト」「PV」すべてを自身で制作して、YouTubeなどにアップしていました。

これが話題を呼び、現在の状況となったわけです。

「SNSから話題を呼び、メジャーデビュー!」

というサクセスストーリーは、今では常識にもなりつつありますが、

米津玄師の才能はその中でもずば抜けていると感じます。

本作のミュージックビデオは、全編が米津によって描かれたイラストレーションを用いたアニメーションで構成される。

歌詞中の「あたし」、「あなた」と繋がった一組の男女を中心に展開します。

ちなみに、単独での制作を基本としていた彼に転機が訪れたのが、daokoとのコラボ『打上花火』、菅田将暉『灰色と青』だと米津自身がコメントしています。

一人で作るよりも、誰かと協力することで生まれるものがあると気づいた、語っています。

個人的にも、クリエイティブに携わる端くれとして、大変共感する言葉です。

Aimer/Ref:rain

TVアニメ「恋は雨上がりのように」EDテーマ

aimerの切ない歌声が、主人公の切ない心情にマッチしています。

個人的には、 aimerオフィシャルのPVよりも、アニメ版PVの方を是非みて欲しいですね。

https://youtu.be/G81Aq-pRUBk

恋は雨上がりのように』(こいはあめあがりのように)は、眉月じゅんによる漫画作品。

とある海辺の街を舞台に、遥か年上の男性に想いを寄せる女子高生の恋模様を叙情的に描いた恋愛漫画。2015年度コミックナタリー大賞・第2位[2]。2018年1月22日、第63回「小学館漫画賞」(一般向け部門)受賞。

主人公の橘あきらは、感情表現が不器用で一見クールな17歳の女子高生。

陸上部短距離走のエースであったが、アキレス腱損傷による大怪我で競技から遠ざかることになり、傷心の中でであったファミレスの店長 近藤 正己(こんどう まさみ)の何気ない言葉により、彼に恋をしていくというもの。

タイトルの通り、恋愛漫画ですが、挫折や中でもがきながらも、恋をきっかけに前へ踏み出していく成長物語としても心を打つ作品です。

本作品も、ネガティブな要素である「雨」とポジティブな要素である「恋」をキーワードとして展開されています。

ぜひ、主題歌とともに見てみてください。

いかがだったでしょうか?

梅雨のしとしととした雰囲気は、日本独自のものですので、楽しみながら過ごせたらいいですね。

ではでは

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